仕事モチベ絶賛降下の40代。セーフティネットとして資産形成が必要な理由

退職予定日まで、あと3,150日

「ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)」なんて言葉が存在する。私も、働き盛りの40代。管理職に出世した同期もいるし、中には役員まで上り詰めた人も。その一方で私はというと、相変わらず係長ポジションでサラリーマンをしている。

目次

一時期は、ちゃんと出世を考えていた

30代の終盤までは、出世を考えていた。係長への出世は、同期の中でも早い方だったと思うし、実績が上げられる部署で、上司からもかわいがってもらっていた。それに応えようと、休日の自己投資(英語・研究論文やビジネス書を読む)なども行っていたし、資料作成なども行っていた。それに伴い、評価も良好で、給与も確実に増えていった。周りからも「あいつはこれから出世しそうだ」と思われていた自負もある。

燃え尽き症候群?

40歳になり、ついに管理職への打診を受けた。割と早いほうだったと思う。候補者選抜を勝ち残り、最終的に全社での管理職試験に臨んだものの、結果は不合格。まぁ、自分の実力だから仕方ないと思ったし、また来年挑めばいい、くらいに考えていた。同時に、私が今の会社に入社してしばらくしてから、どうしてもやりたくて、ずっと取り組んできた大きなプロジェクトが無事完了した。そこから、なんとなくギクシャクし始めた。

もちろん、新しい事業は絶えず発生するし、新しい研究開発をスタートさせる必要もある、さらにそこには、研究チームのリーダー的な立場で関わる必要があったが、新しいことをやる意欲が沸かない。当時、「俺は管理職試験に落ちたのが相当なショックだったんだな」などと自己分析をしていた。

今思っても、何が背景にあったのかは不明。おそらく、燃え尽き症候群と、加齢による身体変化、管理職試験に落ちたことによる自己肯定感の低下が影響していたのだと思う。翌年、管理職への挑戦を行わないことを宣言し、競争から降りることにした。

出世競争から降りるというのは、単に昇進をあきらめることではない。それまで自分を支えていた評価軸を、一度失うことでもある。

支えとなったのは資産形成

一方で、資産形成はすこぶる好調に進んだ。コロナショックの前に、預貯金・株式・債券・投資信託の総額から住宅ローンの総額を差し引いた純金融資産がプラスになった。これがさらなる投資のモチベーションを高め、全世界株式への積立投資を継続し、さらにコロナショックでの株価落ち込み時に追加購入した。

純金融資産額(純金融資産とは、預貯金や株式、保険などの金融資産から、住宅ローンなどの「負債」を差し引いた額)は3,000万円。金融資産額は現金や預貯金、株式、投資信託で4,200万円超+自宅。自宅を手放せば、確実に準富裕層だ。これが、今までの自分達家族の愚直な努力によって、ゼロから築いたものだという拠り所と自信を与えてくれた。

資産形成は、順調なときにはただの数字に見える。しかし、仕事やキャリアが揺らいだとき、その数字は急に意味を持ち始める。

「降りようとする人」に対しては、周りは結構冷たい

燃え尽き症候群となり、仕事に精彩を欠くと、チームメンバーから心配されるようになった。今までかわいがってくれた上司や先輩は、心配してサポートしてくれた。

しかし残念なことに、中には、もうついて行けない、と明らかに反発する後輩も出てきた。会議中に、相当に攻撃的な発言を受けることもあったし、今で言えば、いわゆる「逆パワハラ」に近い状況だったのかもしれない。

会社の中で立場が弱くなったとき、精神論だけで踏みとどまるのは難しい。そのとき、生活を支える資産があるかどうかは、想像以上に大きい。

完全に仕事をやめることはできないにしても、しばらくの間は、家族全員で生き延びられる資産がある。「いつでも辞めます」と言える状況は、正直、かなり気が楽だったし、仕事は「本当にどうでもいい」存在になってしまっていた。これがきっかけで、転職活動を開始するようになる。

そんな状況を知ってか知らずか、会社からアメリカ駐在の話を打診されることとなる。これは渡りに船という感じで、即決で飛びつくことにした。今までの仕事観や、後輩に対しての接し方や関係の切り離しをする良い機会となった。

環境を変えることができたのも、完全に追い詰められていなかったからだと思う。資産は、辞めるためだけでなく、次の選択肢を冷静に選ぶためにも役に立つ。

資産はセーフティネットとして機能する

今思うと、日本で辛い目にあった際に、資産は選択肢を与えてくれるツールであり、セーフティネットであった。もし仮に、妻子がいて、住宅ローンを抱え、資産がない状態だとしたら、どうだろう。積極的に転職活動をし、逆パワハラに過度に振り回されず立ち回れただろうか?

いわゆる、F*** You Moneyという考え方がある。「いつでも辞められる」という絶対的な精神的余裕を持つことで、不当な要求に屈せず、自分らしく冷静にキャリアを選択できるようになる状態だ。

現在は、アメリカ駐在しつつ、現地で資産形成を継続している。あの時、自分を支えてくれた資産はその後も増え続けている。このまま、淡々と資産を積み上げていきたいと思う。

まとめ

振り返ると、あの時期の自分にとって、資産形成は自由を手に入れるためのものというより、壊れそうになったときのセーフティネットだった。管理職試験に落ちたこと、長く取り組んできたプロジェクトが終わったこと、仕事への意欲が急に薄れていったこと。そこに後輩との関係の悪化も重なり、会社の中での自分の立ち位置が分からなくなっていた。

それでも、すぐに生活が破綻するわけではない。必要なら転職活動もできる。最悪、しばらくは家族で生き延びられる。そう思えたことは、想像以上に大きかった。当時の資産では、仕事の意味を教えてくれるわけでもないし、月曜の朝を軽くしてくれるわけでもない。しかし、選択肢を残してくれる。

積極的に環境を変えることができたのも、完全に追い詰められていなかったからだと思う。資産は、辞めるためだけでなく、次の選択肢を冷静に選ぶためにも役に立つ。私にとって資産形成とは、まずそういうものだったのだと思う。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次