職場において適切に見切られる技術の重要性の考察

【退職まで3,057日】

サラリーマン人生、後半戦である。本当にありがたいことに、毎年、管理職登用試験の打診をいただくのだが、年齢的にそろそろ、諦めてくれないかと思っている。

というのも、なかなか複雑な力関係が働いており、私の中で「あ、管理職は興味ないです」とは言えない立ち位置なのが苦しい。というのも、現在のポジション自体が、管理職への登用を前提とした配置であり、なおかつ現在の立場は気に入っている。

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なんで管理職になりたくないのか?

理由はシンプルで、若かりし頃の、あのモチベーションが皆無だからだ。

私たち就職氷河期世代は、入社時には熾烈な競争を強いられたうえで、入社したら入社したで、自己研鑽の名目のもと、午前1時、2時まで会社に尽くすなんてことは普通だった(さすがに今ではなくなった)。

そんな中、新しく入社した社員を、我々はどのように指導したらいいのだろうか? そもそも、新入社員なんていう一括採用などという世界的に稀に見る採用体制が、これからも継続するだろうか? そして、私が彼らを育てるメリットは? とも思ってしまう。

更に、私の現在の投資額を考えると、ある程度コンサバに見積もって、およそ360万円のリターンがある。月に30万円。この状態で、さらに社畜として上を目指せっていうのは、どう考えてもモチベーションが続かない。

もちろん、管理職になることそのものを否定したいわけではない。組織を動かしたい人もいるだろうし、人を育てることに喜びを感じる人もいる。より大きな予算を持ち、より大きな仕事をしたい人もいる。ただ、私はそこに、昔ほどの魅力を感じなくなった。

そこで、タイトルの話

昔、同じ部署に、管理職に出世した先輩社員がいた。彼が言うには、管理職になる、ならない、の選択はあるにせよ、「上位者に適切に見切られる技術」は必要だということ。

私はまだこれができていない気がする。上位者は、私たち部下のキャリアについて、良かれと思って色々と考えてくれる。「次はこの仕事を経験させよう」「そろそろ管理職試験を受けさせよう」「このポジションなら、もう一段上に行ける」本当にありがたい話ではある。

しかし、問題は、上位者が考える「幸せな会社員人生」と、自分が考える「幸せな人生」が、必ずしも同じではないということだ。会社の中から人を見ると、どうしてもキャリアは縦方向に見える。

担当から主任へ。主任から管理職へ。管理職から、そのさらに上へ。能力があるなら上へ行く。経験を積んだなら、より大きな責任を持つ。それは組織としては、とても自然な考え方なのだと思う。

でも、人生全体から見ると、話は少し違ってくる。

給料はある程度あればいい。仕事もそれなりに面白い。今の立場も嫌いではない。それよりも、家族との時間が欲しいし、自分の時間も欲しい。体力があるうちにやりたいこともある。そうなってくると、「もっと上へ」という会社側から見れば当たり前の提案が、本人にとってはそれほど魅力的ではなくなってくる。

「見切られる」という言葉が面白い

普通、「見切られる」という言葉には、あまり良いイメージがない。

「あいつはもうダメだ」「これ以上は期待できない」そんな感じがする。でも、先輩が言っていた「適切に見切られる」は、少し意味が違う。

仕事をしなくなることでもない。能力がない人になることでもない。会社に反抗することでもない。ちゃんと仕事はする。任された仕事には責任を持つし、周囲とも協力する。必要なら難しい仕事もやる。

ただし、「この人は、この方向には行かない人なんだな」ということを、少しずつ理解してもらう。これが結構難しい。

特に、会社から期待されている立場にいる場合、「管理職になる気はありません」と真正面から言ってしまえば、今の仕事やポジションまで失う可能性がある。

かといって、毎年、「はい、頑張ります!」と言い続けるのも違う。だから、仕事はきちんとやりながら、上位者の期待値だけを少しずつ調整していく。たぶん、それが「適切に見切られる技術」なのだと思う。

サラリーマン後半戦は、上を目指さなくてもいい

若い頃は、会社の評価と自分の価値をかなり近いものとして考えていた気がする。評価されれば嬉しいし、昇進すれば自分が成長したように感じる。それはそれで悪いことではなかった。でも、40代も半ばを過ぎると、自分の人生に残っている時間も、なんとなく具体的に見えてくる。

あと何年、子供と一緒に暮らせるのか。あと何年、元気に旅行できるのか。あと何年、思いきり体を動かせるのか。そう考えると、会社の階段をあと一段登ることの優先順位は、自然と下がってくる。

会社員になって、今年で24年。会社員人生の前半戦では、「どうすれば評価されるか」を考えてきた。でも後半戦では、「どこまで評価されれば十分なのか」を考える必要があるのかもしれない。評価されないのも困る。期待されすぎるのも困る。仕事は面白く、給料もそこそこもらい、でも人生の主導権までは会社に渡さない。その絶妙な場所を探す。

そして、そのためには、上位者から適切に見切られる技術が必要なのだろう。

残念ながら、私はまだその技術を身につけていない。

今年もまた、管理職登用試験の話をいただいた。

本当にありがたい。

ありがたいのだけれど。

そろそろ、

「ああ、こいつはこのままでいいのか」

と、いい感じに諦めてもらえないものだろうか。

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