【退職まで2,984日】
かつて純金融資産が3,000万円(アッパーマス層)や5,000万円(準富裕層)に到達した際にも、当時の心境や日常について振り返ったことがある。それからさらに月日が流れ、S&P500やオルカンといった低コスト投資信託のバイ・アンド・ホールドを愚直に続けた結果、2026年3月に資産は8,000万円の大台を超え、現在はさらにその先へと積み上がっている。

純金融資産8,000万円といえば、一般的な定義である「富裕層(1億円以上)」の背中がいよいよはっきりと視界に入ってくる水準だ。ここまで資産が増えると、さぞかし優雅で派手な生活を送っているのだろうと思われるかもしれない。しかし結論から言えば、私の日常は驚くほど何も変わっていない。
今回は、純金融資産8,000万円という地点を通過する中で感じた、サラリーマンのリアルな日常と精神面の変化について整理してみたい。
資産8000万円の定義と達成時の心境
純金融資産の定義についてはこちらを展開
純金融資産額の定義
この記事で使う資産の定義を整理しておく。この記事で述べる純金融資産額は、野村総合研究所の定義に準ずる。
預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険や年金保険など、世帯として保有する金融資産の合計から負債を差し引いた「純金融資産保有額」
https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/20250213_1.html
すなわち、
純金融資産額:世帯が保有している日本円、米ドル、国内株式、外国株式、国内債券、外国債券、年金、コモディティの総額から、負債(住宅ローンやカード残高)を引いたもので、集計当日の円換算時価総額で表すことにする。不動産、自動車、事業用資産の時価を含めない。
金融資産額:現金、預貯金、株式、投資信託、生命保険など、流動性が高く金銭的価値を持つ資産の合計額で、純金融資産のうち、負債を考えない額も算出する。こちらは、金融資産の構成把握、および想定利回りの検討に便利なので、純金融資産額の算出に併せて算出している。
このブログは純金融資産額で富裕層(1億円)を目指すものである。富裕層の定義については、こちらの記事を参照。

住宅ローンを含む金融資産の内訳
金融資産だけを見れば、合計は87,827,288円。住宅ローンは7,745,918円。金融資産から住宅ローンを差し引いた純金融資産は80,081,370円となった。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 日本円 | 13,505,306円 |
| 米ドル | 1,206,441円 |
| 国内株式 | 9,650,377円 |
| 外国株式 | 48,576,968円 |
| 国内債券 | 113,278円 |
| 外国債券 | 8,444,537円 |
| 年金 | 4,287,750円 |
| コモディティ | 2,042,630円 |
| 合計 | 87,827,288円 |
私は、旧積立NISA時代から、ニッセイ外国株式インデックスファンドを購入し、途中でオルカンとS&P500に乗り換えている。このときの積み上げがかなり貢献してくれた。さらに特定口座でも積み上げ続けていた。これは、今までの流れと変わらない。アメリカに来てからは、日本の証券口座で取引ができないため、FirstradeでVOOとVTを購入している。
生活水準は3,000万円・5,000万円の頃と一切変わらない
資産が8,000万円に達したからといって、高級外車に乗り換えたり、タワマンに引っ越したり、毎晩のように高級寿司を食べ歩いたりするようなことは一切ない。アメリカにそんなもんないし(笑)
そもそも私がここまで資産を築けた最大の要因は、20代の頃に築30年の中古住宅を購入し、その後も背伸びをしない土地選びと注文住宅で「人生の3大出費」である住宅費を徹底的に抑え込んできたことにある。30代で家計を仕組み化して以来、見栄にお金を払わないという基本スタンスは完全に身体に染み付いている。

インフレや物価高が叫ばれる昨今においても、日々の買い物はこれまで通りスーパーで値札を見るし、無駄な固定費は徹底して削る。一度上げた生活水準を下げるのは至難の業だが、最初から上げなければ何の苦もない。資産8,000万円の日常とは、拍子抜けするほど地味で堅実な生活の延長線上にあるのだ。
相場の変動で「月給を超える金額」が毎日動く感覚
生活ぶりは変わらない一方で、資産管理における「数字の感覚」は確実に麻痺してくる。
ポートフォリオの大部分を外国株式(インデックス投信)で保有しているため、8,000万円規模になると、市場が1%動いただけで80万円、2%動けば160万円もの資産が1日で増減する。いわゆるサラリーマンが1ヶ月間働いて得る平均的な手取りを超える金額が、寝て起きたら増えている(あるいは溶けている)のが日常だ。
しかし、もはや慣れてしまって、画面上の数字は「ただの記号」に過ぎない。十分な日本円のキャッシュ(生活防衛資金)を手元に確保していることもあり、多少の暴落が来ようが「まあ、そのうち戻るだろう」と完全に放置できるようになった。労働収入の微増よりも、市場に居続けることの方が圧倒的に重要だと肌で理解しているからだ。
仕事へのモチベーション低下と「会社の定義」からの離脱
純金融資産8,000万円がもたらす最大の恩恵は、贅沢ができることではなく、「圧倒的な精神的余裕(セーフティネット)」を手に入れられることにある。そしてその副作用として、仕事に対するモチベーションは絶賛降下していく。

資産が少なかった若い頃は、会社で生き残るため、あるいは少しでも給料を上げるために死に物狂いで働き、出世競争にも食らいついてきた。しかし、8,000万円という盾を手にした今、会社の評価基準に自分の人生や成長を預ける気は毛頭ない。
慢性的な人材不足のしわ寄せを受け、休日や連休を潰してまで働く管理職の姿を見ても、「割に合わない」と冷めた目で見てしまう。社内政治や出世レースは、言ってみれば「奴隷が自分の繋がれている鎖の色を自慢し合っている」ようなものだ。私はもう、鎖の色を競うゲームからは降りた。

現在は「職場において適切に見切られる技術」を駆使し、無能としてリストラはされないが過度な期待もされない「窓際ポジション」を確保することに注力している。会社からのストレスを最小限に抑え、定時で帰って家族との時間や自分の時間を確保する。これこそが、資産8,000万円がもたらしてくれた最高の日常である。

1億円(富裕層)は「目標」ではなく「単なる通過点」
ここまで来ると、純金融資産1億円という富裕層のラインは、もはや気合を入れて目指すような目標ではなくなる。
仮に今後、追加の積立投資を一切やめたとしても、現金を除く、株式と債券で合計6,000万円の資産が年利5%で運用できれば1年で300万円増える計算だ。これに毎月の淡々とした積立が加われば、1億円への到達はただの「時間の問題(通過点)」でしかない。まさに「いつの間にか富裕層」が現実のものとなりつつある。

まとめ:2034年末の退職目標日に向けて淡々と生きる
純金融資産8,000万円の日常には、ドラマチックな出来事は何もない。
朝起きれば普通に会社へ行き、適当に仕事をこなし、会社からは「適切に」見切られ、帰宅後は家族と普通の夕食を囲む。証券口座の画面を開けば数千万円の評価益が並んでいるが、それを引き出して散財することもない。
私の最終的なターゲットは、55歳前後となる2034年末の退職(窓際FIRE)だ。そのXデーに向けて、これからも会社とは適切な距離感を保ち、見栄を張らない家計管理を続けながら、S&P500やオルカンをひたすらバイ・アンド・ホールドし続けるだけである。
